翌日からの司令室はただただ慌ただしい雰囲気で埋め尽くされていた。
隊員たちは各々、入隊前にそれなりの準備期間を経てきてはいるものの、基地内の構造に慣れていない上、予想以上の激務に身体も頭も付いていかず、なんとかその場しのぎでやっていくのが隊員たちには精一杯だった。
「ああ、疲れた。」
ようやく見つけた束の間の休息、椅子にもたれかかりながら新橋が呻いた。
「これぐらいで疲れている様子では、この先も期待できないな。」
データソフトの束を運ぶ掛井はため息混じりに言い放つ。
「な、慣れればどうってことないっすよ。」
「どうだかな。」
「そんなー副隊長ー。」
すがりつく新橋を適当にあしらう掛井。しかし、その場に居る隊員たちの顔にも疲れがでているのは誰が見ても判る。
「あなた達の実力を少し買いかぶりすぎてたかしら?」
そんな隊員たちの様子を見て、北島は冗談交じりに笑う。それを聞いてか、1人全く疲れを見せていない大化が、僅かばかりに口元を緩めた。
「俺だって一応疲れてるからな。」
偶然それを目撃した澪が、”なんで疲れてないんだろう”と思った心の内を読まれたかのようなタイミングだった。澪だけではなく、大化の唐突な一言が一同の動きを止めた。
「そん……なに無理矢理会話に入ってこなくても良かったんじゃ?」
すかさずフォローに入る春菜。何をそんなに焦っているのか、挙動に落ち着きがない。しかし、当の本人はちらりと春菜を見遣っただけで平然と作業を遂行しているのだった。置いてけぼりの一同と、ため息をつく春菜。ここで口を開いたのはやはり隊長である北島だ。
「南川隊員。」
「はい?」
「宮下隊員は知っているようだけれど、貴方のこと、早めに皆にちゃんと伝えておいた方がいいんじゃない?」
言葉を受けて、春菜はアピールするように細かく大化に頷いてみせた。大化は少しだけ考えて、それから「わかりました」と静かに返事をした。
「なあ、あいつ何隠してんの?」
準備をすると言って司令室を出て行ったきり、なかなか戻らない大化。待ちきれずに新橋は春奈に問いかける。
「それを今から教えてくれるんだと思いますが。」
「それってすごい?」
「すごいかどうかは…ちょっと。」
「ふーん。」と、新橋は頷いてみせる。
「……あれ?2人同い年?訓練校一緒って。」
「いえ、大化の方が1つ下です。訓練校にも2部からで。」
春奈の言葉に新橋は目を見開いた。
「2部から?そんなことあるのか?」
「しかも2部2年目からだったので、3部からでも良かったんじゃないかって……。」
空いた口が塞がらない新橋。訓練校の内容レベルが高い事は新橋自身良くわかっていた。彼もまた、訓練校出身だ。
訓練校とは、後に自衛・救命・警察・研究の職に付く事を目標としている者が集う場所であり、全国に数カ所しかない全寮制の専門学校である。義務課程を終 え、選抜試験を通過した者のみが訓練課程を1部(3年間)、2部(2年間)、3部(1年間)と学んでいくというシステムが実施されており、大化のように途 中から入るということはまず無い。
「個人的には訓練校に通う必要性があったのかどうかさえも疑問なくらいだったんですよね。でも、」
そう言って、春奈は話を聞いて驚いている澪へと顔を向ける。
「澪は澪で凄いんだよ?自覚無いようだけど。」
澪は訓練校在籍中にSKYへと召集された、それこそ前例が無い。
「私はそんな…たまたま…ですから。」
実力ではない。消え入りそうな声で澪は必死に訴える。
「選ばれたってことに自信は持って良いと思うけどなあ。」
そんな澪を春奈は励ますように肩を叩いた。その会話にすら入っていけない新橋。
「え、あ、なに、お前って訓練校修了してないの?」
「新橋さん、澪の事もですけど、初めの自己紹介ほとんどなんにも覚えてないんですね。雪冬も訓練校出身じゃないですよー?」
「うっ。」
「大化ぁ?」
裏返りそうな声を必死に押さえながら新橋は司令室の入り口にいる大化らしい人物に声をかけた。髪と瞳の色が先ほどと違う。
「まあ、そうなりますよね。俺、属性が人狼なんです。」
少しだけ躊躇しながら大化は言った。
「ああ、だからその髪と目なのか!準備って、髪の色落としてたのか?目も?」
人狼と聞いて堀が前のめりに質問を浴びせる。
「ええ、まあ、この色結構目立つので。」
「確かに、銀色は珍しい!それに目!目の色も灰色掛かってるんだな!普通は俺たちと同じ色味なのに珍しい!」
人狼の毛色は生後初めて己の意志で触れた物の色になる。その仕組みは未だ誰にも解明できていない。
さらにぐいぐいと迫る堀を押しとどめつつ、”他に質問は?”と助けを求めるように視線を他の隊員たちに向ける。
「力は?さっきの感じだとテレパス?」
こちらも興味津々ではありつつも、冷静さを持った雪冬が問う。
「今回の本題かな。ご存じの通り、人狼は”力”と言われている特殊な能力を生まれつき持っています。」
1人を除いて、隊員たちは静かに頷く。
「もちろんこれは毛色同様に個人差があることもご存じですね。」
1人1人の顔をゆっくりと見回して、大化は一度大きく深呼吸をした。この話をすることの切っ掛けとなった先ほどの行為の説明を誰もが期待している。
「雪が言った通り、俺は相手の思考や感情を聞くという力も持っています。」
誰も言葉を発することはなかったが、やはりという感情が表情に表れていた。と同時に平井が首を傾げる。
「”も”って、わざとなんか変な言い方しませんでした?他にも持ってるってことですか?」
「察しがいいね。まあ、他にも色々。ただ、全部は把握してません。」
「色々?”全部は”って、大化、なんだそれ、規格外すぎるぞ!おい、だって普通は1つだろ?多くても2,3個だろ?」
ますます堀を興奮させてしまったことを後悔する大化。
他の隊員たちは大化が規格外であることに驚きつつも、堀があまりにも騒ぐので、対照的に落ち着いてしまっていた。
「なんかよくわかんねえけど、大化ってすごいんだな。」
新橋の一言は皆の気持ちを代弁する形となる。
「とにかく、さっきみたいなことは常にしているわけではなくて、ちょっと気を抜いていたというか、なんというか……ええと」
もちろん常に他人の思考を聞いたり覗いていたりすることはない。それは大化にとっても他人にとってもなにもよいことがない。だから大化は基本的には何もしていない。何もしていないのに聞こえてしまう事に少々戸惑っているのだ。
「澪だけは距離が近いと勝手に聞こえてくるので、こればかりは申し訳ない。どうしようもない。」
防ぎようが無かったので、そういう場合もあるのだろうとは思っていたが、つい反応してしまった。淡々と弁解する大化と話の流れに着いていけなくなりそうな澪。
「えっと、どれくらいの距離、で?え、全部?」
「手の届く範囲?聞こえるのは全部ではない、かな。気持ち的に強めだったり、俺に向けての何かが聞こえやすい。」
と言うことは、この距離だと勝手に聞こえることはないのかと、大化との距離感を改めて確認する澪。嫌悪感などは無かったが、色々と考えてしまうので寧ろ大化に申し訳ない気持ちになっていた。
「なんか、ごめんなさい。」
「いや、こちらこそ。と言うわけで、お伝えしたいことは伝えました。業務に戻ってください。そこそこアラート来てます。」
司令室の大型モニターを指す大化。ちょうどアラートに21件目が追加されたところだった。司令室は再び慌ただしい雰囲気に包まれた。