――午前2時
C-20地区のとある待機所では、新米班員が今にも夢の中へと転がり落ちそうになっていた。
「すみません。」
声に驚いて新米班員は体をびくつかせた。慌てて待機所の入り口に目を向けるとそこには誰もいない。気のせいかと首を傾げるが、もう一度「すみません」と彼を呼ぶ声がした。
「どうかされましたか?」
外に目を凝らすと、闇に同化する様にして人影が見えた。声を掛けるが一向に近づいてこようとしない。
新米班員は不思議に思った。しかし、何か動けない理由でもあるのだろうと自ら近づいていったのだった。
――午前3時
深夜待機の平井は自分の目を疑いたくなるような光景を目の前に、一時思考が停止状態に陥っていた。
「こんなことって……」
モニターには無数の赤い点が点滅していて、その下には止まることなく行が増え続ける捜査要請があった。どの要請にも頭に”Level.3”と表示されていて、その要請がさほど緊急事態ではないことを示している。
それにしても数が多すぎる。平井は右手を緊急招集ボタンに置いて、押すかどうか迷っていた。
このボタンを押せば個室以外のSKY敷地内全域に緊急招集ブザーが鳴り響く。同時に各隊員の通信機に緊急招集コールが掛かる仕組みになっている。 Level.1の捜査要請であれば昼夜問わず自動的に発動するが、それ以外で隊員に召集をかける時はこのボタンを押すことになる。
結成してからはまだ一度もこれを押したことが無い。今が本当にその時なのだろうかと平井は思う。しかし、その間にも要請はどんどん増え続けていた。
暫く押す押さないの葛藤を続けていた平井だったが、遂に要請が50件を超えた時、意を決して右手人差し指に力を込めた。
平井がボタンを押してから、数分もしないうちに隊員たち全員が司令室に集合した。深夜初の緊急招集にも関わらず、誰一人として乱れなく集まって来た事に対して、隊長である北島は改めてこの集団の意識の高さに感心していた。
モニターを目の前にした新橋は「なんじゃこりゃ」と一言、呆然とそれを見つめたまま暫く立ち尽くしていた。
「それで、状況は?」
平井が全てを説明しなくとも、全員が異常事態であることを把握していた。まずは状況の把握からと、北島は平井に視線を向けた。
「初めの要請を受けたのが2時40分です。どれも内容はほぼ同じで、何者かがこれまでに道を尋ねられた回数を聞いてきたと。」
「道を尋ねられた回数?」
「はい、答えを考えているうちに意識が遠のいてきて、気が付いたら相手がいなくなっているのだそうです。」
ただそれだけで、特になにか害があったわけではない為に要請レベルが3になっているのだと平井は説明した。
「それでこの数、まるで都市伝説だな。」
未だモニターを眺めたままの新橋は面白がっているかのように呟いた。
「たかが数時間でこの数は伝説を越えた怪奇現象だな。被害者に共通点は?」
ついで堀が口を挟む。平井は捜査要請の被害項目欄に目を走らせる。そして、再び目を疑いたくなるような結果を目の当たりして口を開きかけたが、横から大化にそれを遮られた。
「交通班の拠点待機要員。だろ?」
確認するようにして平井を見た大化に他の隊員達の視線が集まる。
「一見規則性は無いように見えるけど、そこかしこで起きてるわけでもなさそうだし、いくつかの場所はわかる。」
「言われてみれば、ここ……確かにF2の拠点待機所ですね。」
手元のモニターで春奈がポイントした場所が司令室のメインモニターに写し出される。
「ということで間違いは無い?」
念のためと言った感じで北島は平井に問いかける。平井は声を発することなく2度3度頷いただけだった。
「この数をカーサを使って調査に行くわけには行きませんね。となると……モトラート使いますか?」
移動手段として長距離に長けていてかつ戦闘機能の付いたカーサよりも、小回りの効くモトラート(ドイツ語でバイクを意味する)を掛井は選択した。異論を唱える者はもちろんいない。掛井に言われるでもなく、全員がそれを想定していたに違いなかった。
「では、各チーム分担して現場の調査を行ってください。平井隊員は引き続き捜査要請をまとめて……」
「あの、すみません。」
「真中隊員?」
「私、その、まだ……」
言い辛いのか口ごもる澪だったが、北島はすぐにそれを察した。
「ああ、あなたはまだ2輪走行の許可IDを持っていなかったわね。では、二人は残って捜査要請のまとめをしてください。代わりに平井隊員、副隊長と現場調査をお願いします。」
「了解しました。それでは、後、よろしくお願いします。」
大化と澪、交互に軽く頭を下げてから平井は司令室を後にした。